ネットと現実の境目はどこにあるのか?と、ネット社会での格差

コラム

ふと思った

 

ネットと現実の境目ってどこにあるんだろう?

 

昔は完全にバーチャルなものとして捉えられていたネットの世界が、どんどん身近なものになって現実の世界に浸透してきている(悪意のある言い方をすれば侵食してきている)。

 

ネットと現実の境目は溶けている?

 

的なことをどこぞの本か何かで読んだような気がする。

 

確かに、昔は線が何本も繋がった重いパソコンを立ち上げて、ブラウザを起動して初めてネットに繋がっていた。

 

それが今や、ポケットに入るような大きさの端末で、いつでもどこでも数秒以内にアクセスできるようになっている。

 

時計型やグラス型で、文字通り肌身離さず持ち歩くことも可能だ。

 

この進歩が、僕たちになにをもたらしたのか。

 

(ここまで書いてきてちょっとカッコつけた文章になっているのは筆者自身重々承知ですが、よければ最後までお付き合いください(笑))。

 

 

格差の生産

 

あれ、ネットって格差をなくすものじゃなかったの?

 

だって、誰でも使えるんだからみんな平等にチャンスが得られるじゃん。

 

確かにその通り。

 

だけど、だからこそそれが格差を生むのだ。

 

今までは、僕らがアクセスできる知の量には限りがあった。

 

紙ベースの情報にアクセスするのにも、人づてに聞く情報にアクセスするのにもそれなりに時間的・金銭的な制約があった。

 

少なくとも学生時代までに多くの人が半ば強制的に紙ベースの情報にはアクセスさせられるし(勉強や読書など)、誰かが話しているのを聞いて学ぶような情報は基本的にその場にいる人全員に共有させられる。

 

だけど、ネットの情報は違う。

 

誰もが完全に自分の好きなようにアクセスできるからこそ、

 

「知ろうとするかどうか」

 

で得られる情報の量・質に大きな差が生まれる。

 

何年か前であれば似たような情報を共有していたであろう同僚・クラスメート同士が、全く違う量・ジャンル・質の情報を持っている、ということが平気であり得る。

 

というかそうであることがほとんどだろう。

 

結果、一般人同士、それも非常に似通った環境にいるもの同士の間でも大きな(情報)格差が生まれる。

 

そしてその情報格差はそのまま現実での格差になり得る。

 

これは非常に恐ろしいことではないか。

 

ただ、同時にラッキーでもあってちゃんと行動するだけで容易に他と差別化もできるようになったんだよ、ということ。

 

現代社会で何よりも必要なのは、情報リテラシーと知識欲なのかもしれない。

 

 

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